Jonathan Haidtによる「リベラルと保守の道徳の起源」後編

前編
中編
12分55秒あたりから
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一部の人々は、宗教が人々を結び付けるために、文化的・生物学的進化において適応として進化したと考えています。人々を互いに信頼させ、そして他のグループと争うときに有利です。私はそれが多分正しいだろうと思いますが、これはまだ議論がある問題です。でも私は宗教に…宗教の起源に興味があります。そして宗教が私たちに何をするか、私たちのために何をするかにも興味があります。世界でもっとも大きな驚きはグランドキャニオンではありません。グランドキャニオンは非常に単純です。それは単に多くの岩、多くの水と風、膨大な時間によってできました。そんなに複雑ではありません。本当に複雑なのは、人々がグランドキャニオンのようなところに住んでいることです。他の人と協力しながら、アフリカのサバンナやアラスカの極寒の岸辺にも住んでいます。そのうちいくつかはバビロン、ローマ、ティノチティトランのような巨大な都市となりました。どうやってそんなことが起きたのでしょうか?これは間違いなく奇跡です。グランドキャニオンよりも説明するのが難しいのです。

私が思うに、道具箱にあるあらゆる道具を利用したからです。協力的なグループを作るために道徳心理の全てが必要でした。そう、あなたは危害を心配する必要がありますし、公正さの心が必要です。それは本当に、より優れたすばらしい将来を追求するためのグループを形成するのを助けます。あなたがサブグループを持っていれば、そしてそのサブグループにも内部構造があるなら、そして他の人に欲求を抑えるように言うイデオロギーをあなたが持っているならば、助けになります。

そして今、リベラルと保守の間の不一致という難問にたどり着きました。リベラルは道徳の基盤のうち三つを退けるからです。彼らはこういいます:「集団内の共通性ではなくて、多様性をたたえよう」「権威を疑おう」それから:「あんたのルールを俺に押しつけないでくれ」

リベラルにはそうするだけの立派な動機があります。伝統的な権威、伝統的な道徳はとても抑圧的なことがあり、社会的地位の低い人々や女性、そしてそれらに合致しない人に対して制限的なことがあります。だからリベラルは弱者や抑圧について論じます。彼らは混乱のリスクを冒してでも変革や公正さを求めます。この人のシャツにはこう書いてあります:「不平を言うのを止めて、革命を起こそう」。もしあなたが経験に対して高い開放性を持っているなら、革命は良いことです。それは変化で、楽しみでもあります。一方、保守は慣習と伝統について論じます。彼らは秩序を求めます。たとえ底辺の人へ負担をかけることになっても。保守派の優れた洞察は、秩序を達成するのが本当に難しいと言うことです。それは本当に貴重で、失うのは簡単です。だからエドムンド・バークが言ったように、「人への抑制は、自由と同様に、彼らの権利の中から支払われる」。彼がこういったのは、フランス革命の混乱の後でした。
haidt1001

あなたがこれを理解したなら…保守とリベラルがともに貢献できることを持っていて、彼らは変革と安定の上でバランスを作っているのだとわかったら、道徳マトリックスの外へ踏み出すのを受け入れられると思います。

これはアジアの宗教が到達した優れた洞察です。陰と陽について考えてください。陰と陽は敵同士ではありません。互いに憎み合っていません。世界が機能するためには、昼と夜のように陰と陽のどちらも必要です。同じものがヒンズー教でも見つかります。多くの神がヒンズー教にいます。この二人は保護者のヴィシュヌと破壊者のシヴァです。この絵は二人の神が同じ体を共有していることを示しています。右側がシヴァの特徴を表していて、シヴァはリベラルな神です。彼らは一緒に働きます。仏教にも同じようなものがあります。この詩は私が思うに、これまででもっとも深い道徳心理学の洞察を含んでいます。

禅僧・僧璨より:「真理を実現したければ賛成や反対の見解を抱いてはならない。一つを嫌い一つを好むことは心の病だ[*]」。現在、残念ながらこの病は世界の多くの指導者に感染した病気です。しかしあなた自身、ジョージブッシュより優れていると感じる前に、石を投げる前に、自問してください。それを受け入れますか?善と悪の戦いから抜け出すことを受け入れますか?何かに賛成も反対もしないでいられますか?

要点は何でしょう?何をすべきでしょうか?古代のアジアの哲学と宗教の優れた洞察を取り入れるなら、そしてそれを最新の道徳心理学の研究と結びつけるなら、このような結論に達すると思います:私たちの高貴な精神は進化によってデザインされました。それは私たちをチームとして結びつけほかのチームと敵対させます。それから、真実を見失わせます。

では何をすべきなのでしょう?私は皆さんが努力していないと言っているのでしょうか?僧璨を受け入れて、好んだり嫌ったりすることを止めるように言っているのでしょうか。いや、そんなことは全くありません。そういっているのではないのです。TEDは多くの才能と輝き、エネルギー、お金を用いて世界をよりよくしようとする、そして過ちと戦い問題を解決しようとしている人々のすばらしいグループです。

しかしセルジオ・ビエイラ・デ・メロ[**]の話でサマンサ・パワーから学んだように、「おまえは間違っているが私は正しい」といいながら文句を言い続けてもダメです。私たちはまさに知ったように、誰でも自分が正しいと思っているのですから。私たちが解決しなければならないたくさんの問題とは、他の人々を変える必要がある問題のことです。そして他の人を変えたいと望むなら、そのためにより良い方法は、まずはじめに自分が何であるかを理解することです。それから道徳心理学を理解し、皆自分は正しいと考えていることを理解することです。それから出て行くのです。しばらくの間だけだとしても、出て行って僧璨とチェックインするのです。

道徳的マトリックスから出て行って、それを疲れ果てる奮闘[a struggle playing out]だと見なしてみてください。そこでは誰もが自分は正しいと考えています。そして誰もが、少なくとも何かの理由を持っています。あなたが彼らと意見が合わないとしてもです。誰にだってそうするだけの理由があります。

踏み出しましょう。そうすれば、それは道徳的な謙虚さを養うためのだいじな行動となります。あなたをその独善性--それが普通の人間の状態です--から救い出します。ダライ・ラマのことを考えましょう。ダライ・ラマの膨大な道徳的権威について考えてみましょう。それは彼の道徳的な謙虚さが原因です。私が考えているのは…私の話の要点ですが…TEDの要点は、よりよい方向に世界を変えることに情熱を傾けているグループだと言うことです。ここにお集まりの皆さんは世界をよりよい場所にするために情熱的に関わっています。しかし真実への情熱的な傾倒もあります。答えは、その真実への情熱的な傾倒を、私たちすべてのよりよい未来へ向けることにあると思います。どうもありがとう。
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脚注
*このフレーズは久保栄治さんのウェブサイトの当該部分から引用させていただきました。

**サマンサ・パワーのTED講演を指しているのですが、こちらのブログのエントリを参考にさせていただきました。ポー川のほとりで-最近読んだ本:”Chasing the Flame” by Samantha Power

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キュート、セクシー、スィート、ファニー

TED講演。ダニエル・デネット。2009年2月。訳の推敲度は30%くらい。

optical_frogさんが素晴らしい訳を公開してくださったので、そちらを参照のこと。意味がつかみ取れなかった部分や曖昧に意訳してしまった部分がとても参考になりました。どうもありがとうございます。

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私は世界中をダーウィンについて話してまわっています。ふだん私が話すのはダーウィンの推論の奇妙な逆転についてです。このタイトル、フレーズは初期の批判者に由来します。これは私が大好きな引用で、みなさんに向けて読んでみましょう。

我々が相手にしなければならない理論においては、職人は完全に無知です;完璧で美しい機械を作るためにそれを作る方法を知る必要はない、と全体システムの根本的な原理として私たちは明確に表すことができます。この提案はわずかな言葉でダーウィン氏の意味するところ全て、理論に不可欠の要素を簡素化した形で表しており、慎重な調査で見つけることができます;その人は、奇妙な推論の逆転によって、創造的な技術の達成について、完全な無知が完全な知性に置き換えられると考えているようです。[Robert Beverley MacKenzie 1868]

その通り、全くその通り。それは奇妙な逆転です。創造論者のパンフレットにはそれを表す面白いページがあります。

2つのテスト:
あなたは建設業者なしで建った建物を知っていますか?YES、NO
あなたは画家なしで描かれた絵を知っていますか?YES、NO
あなたはメーカー無しで完成した車を知っていますか?YES、NO
もし上記のうちどれかひとつでもYESと答えた場合、その詳細を書いてください。

アーハ!つまり、それは本当に奇妙な推論の逆転です。あなたはデザインにはインテリジェントデザイナーが必要であると言う考えは理に適っていると考えたでしょう。しかしダーウィンはそれがはっきり間違っていることを示します。

今日、私はダーウィンの”別の”奇妙な逆転について話します。それは一見等しく難解ですが、しかしいくつかの点で重要です。

私たちがチョコレートケーキが大好きなのは理に適っています。それが甘いのだから。男が彼女たちに声を掛けるのは彼女らがセクシーだからです。私たちが赤ちゃんを溺愛するのは赤ちゃんが可愛いからです。そしてもちろん、私たちは冗談が面白いから、冗談を言って楽しみます。

これが逆転の全てです。そしてダーウィンは私たちに理由を教えてくれます。デザートから始めましょう。私たちの甘い物好きは基本的に砂糖探知機として進化したものです。と言うのも砂糖は高エネルギー源なので、甘い物好きとして配線された、とてもざっくばらんに言えば、それが私たちが甘い物好きである理由です。ハチミツは、私たちがそれを好むから甘いのです。「ハチミツが甘いから好き」なのではありません。ハチミツには本質的に甘い物は何もありません。グルコース分子まで見ても、それが甘い理由を見つけることができません。それが甘い理由を知りたければ我々の頭の中を見なければなりません。そして、あなたが最初に甘い物があり、それから甘い物を好むように我々が進化したのだと考えたら、あなたは逆転してしまっています。それははっきり間違っています。それは全く逆です。甘さは進化した配線の結果です。

本質的にセクシーなものはない

本質的にセクシーなものはない

そしてこの若いレディーたちに本質的にセクシーな何かがあるわけではありません。したがって母なる自然には難問があります:いったいなぜあなたはチンパンジーをパートナーに選ぶのでしょうか?あなたはこう考えるかも知れない。ああ、答えがある:幻覚だ!

本質的にセクシーなものはない

本質的にセクシーなものはない

それは確かにそうすることのひとつの答えかも知れません。しかしより賢い考えがあります。そういう物が大好きなようにチンパンジーの脳を配線することです。それが全てです。600万年にわたって我々とチンパンジーは異なるやり方を進化させました。奇妙なことに我々は毛のない体を持ったようです。何らかの理由で彼らはそうしませんでした。我々がそうしていなかったら、恐らくこれはセクシーさの極みでしょう。

セクシーさの極み?

セクシーさの極み?

我々の甘い物を好む傾向は高エネルギーの食物に対する本能的な選好です。それはチョコレートケーキのためにデザインされたのではありません。チョコレートは超正常刺激です。この語はニコ・ティンバーゲンのものです。彼はカモメの有名な実験を行いました。彼はそれがカモメのオレンジ色のスポットだと発見しました。彼がより大きなオレンジ色のスポットを作れば、カモメのヒナはもっと激しくそれをつついたでしょう。それは彼らにとって超刺激で、彼らはそれが大好きでした。我々がチョコレートケーキで見ていることは、いわば我らの配線されたデザインをひねる超正常刺激だと言うことです。たくさんの超正常刺激があります。チョコレートケーキはそのひとつです。セクシーさについてもたくさんの超正常刺激があります。

そして可愛らしさにさえ超刺激があります。ここにとても良い例があります。私たちが赤ちゃんを愛することは重要です。そして、まあ、汚いおむつで嫌いになることはありません。赤ちゃんは我々の愛情と養育を引きつけなければなりませんし、そうしています。ところで近年の研究は母親が自分自身の赤ん坊の汚れたおむつの匂いを好むことを示します。つまり自然はこのような多くのレベルで働きます。しかし今もし赤ちゃんが現在そうであるように見えなかったら、例えばこんな風に見えていたら、それを魅力的だと感じるでしょう。それが私たちが感じる事、考えることです、ああまったく、それを抱きしめたいと感じるでしょう。

では最後に、楽しいことはどうでしょうか?私の答えはそれと同じです。同じストーリーです。これは難しいですが。明らかではないです。最後までとって置いた理由はそこです。それについてほとんど言うことがありません。しかしあなたは進化的に考えなければなりません。

私と同僚は答えを見つけたと思います。それは卑しい事務仕事[or聖職者仕事]に対して報酬を与えるために脳に配線された神経システムです。この見解に対する我々のバンパーステッカーはデバッグへの報酬だと言うことです。今それを全て説明する時間はありませんが、ある種のいくつかのデバッギングだけが報酬を得るとだけ言っておきます。我々がすることは、つまみを冗談に向けたりしてユーモアのスイッチをオンオフにし、神経科学的な調査を通じてユーモアの使用を調べます。「それは面白くないです…ああ、それは面白いかも…またつまらないです」というように、我々は脳の構造、脳の機能的な構造について実際に何かを学ぶことができます。マシュー・ハーリーは第一著者です。我らはそれをハーリーモデルと呼びます。彼はコンピューター科学の専門家で、心理学者レジナルド・アダムスとと私が加わっています。私たちはこれを本にまとめています。どうもありがとう。
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Jonathan Haidtによる「リベラルと保守の道徳の起源」中編

私はこの五つが道徳精神の最初の草稿の最も優れた候補であると考えています。これらは少なくとも学ぶ準備がされているものだと考えています。しかし私の息子のマックスがリベラルな大学都市で育てば、この草稿はどう修正されそうでしょうか?そしてどのように私たちの60マイル南、バージニア州リンチバーグで生まれた子供と異なるようになるでしょうか?文化的バリエーションについて考える前に、異なるメタファーを試してみましょう。本当に五つのシステムが心で働いているなら、--直観と感情の五つの源が--それなら私たちは道徳精神が5チャンネルのオーディオイコライザーのように働くと考えることができます。そしてそれぞれのチャンネルは異なる値にセットすることができます。私の同僚ブライアン・ノセクとジェシー・グラハム、そして私はwww.YourMoral.orgでアンケートを採りました。これまで30000人がアンケートに答えました。あなたもそうすることができます。結果がここにあります。およそ23000人分はアメリカ人のものです。左側にリベラルの点数をプロットしました。右側が保守、真ん中が中道派です。青い線が危害に関する質問への人々の反応の平均点を示しています。

左からリベラル、中道、保守

左からリベラル、中道、保守


ごらんの通り人は危害とケアの問題を気にします。彼らは全体的にこのような声明に高い是認をあたえます。しかし、お気づきの通りリベラルは保守よりも少しそれを気に掛けます。線が下がっていますね。公正さについても同じです。しかしその他の三本の線を見てください。リベラルの点は非常に低いです。リベラルは基本的にこう言います。「いや、それは道徳ではありません。集団内の権威、貞潔さ、そんなものは道徳ではありません。」しかし保守的な人にとってその価値は上がります。リベラルは…ふたつのチャンネル、ふたつの道徳基盤を持つと言うことができます。保守派にはより多くの、5チャンネル、5つの道徳基盤があります。

我々はこれをあらゆる国で見ることができます。1100人分のカナダ人のデータはこれです。いくつかスライドをめくってみます。イギリス…オーストラリア…ニュージーランド…西ヨーロッパ…東ヨーロッパ…ラテンアメリカ…中東…東アジアと西アジア。そしてこれらのグラフ全てで内集団、権威、貞潔さに関して傾斜が急であることに気をつけてください。これはいずれに国でも危害と親切さについて意見の不一致があることを示しています。皆さんは…つまり我々は公正さについて議論をします、しかし誰でも危害と公正さが重要だと認めます。文化内の道徳論議の中心は内集団、権威、貞潔さについてです。

東アジア

東アジア

この問題はどう質問にすればいいか分からないほど強靱です。最近の研究のひとつでは、あなたは犬を飼おうとしていると想像してくださいと頼まれました。あなたはある犬種を選びました。その犬種について新しいことを学びました。あなたはその犬種が独立志向で、飼い主を平等な友人であると見なすと分かると思いますか?あなたがリベラルならば、「おお、そりゃいい」と言うでしょう。というのもリベラル派は「持ってきてちょうだい」と言うのが好きだからです。[笑い] あなたが保守的であったらそれはあまり魅力的ではありません。あなたが保守的ならその犬が家庭と家族にとても忠実で知らない人にすぐになじむことはないと分かります。忠誠は良いことです。犬は忠実であるべきです、と。しかしリベラル派にとってはその犬は共和党に指名されるためにそうしているように見えます[笑い]

あなたはこう言うかもしれません、OK、リベラルと保守の違いはあります。では他の3つの道徳基盤は何を作りますか?それらは外国人嫌いと権威主義と政教と主義のまさに基盤ではないですか?何がこのモラルを作りますか?何が彼らに道徳をもたらしますか?

答えは私が思うにヒエロムニス・ボスのこの驚くべき三連作「The Garden of Earthly Delights」に含まれています。最初のパネルには想像の瞬間が描かれています。全ては秩序立てられています。全ては美しい。全ての人間と動物はそうせよと定められたことをし、いるべきところにいる。だが世界の習わしは変わります。★[We get every person doing whatever he wants, with every aperture of every other person and every other animal.] 皆さんの一部はこれが60年代的だとお考えになるかも知れません。[笑い] しかし60年代は必然的に70年代に変わります。もちろんボスはこれを地獄と呼びました。

それでこの三連作、この3つのパネルは秩序が腐敗する傾向があるという時を越えた真実を描写しています。社会的エントロピーの真実です。しかしこれがキリスト教の喜びを伴う奇妙な問題を持つ想像の一部であると思わないように。同じストーリー、同じ進展が数年前にエルンスト・フェールとサイモン・ゲヒターによってネイチャーで発表された人が共有されたジレンマを演じると述べた論文にもあります。

あなたがお金を他人に渡すゲームがあります。ゲームの各々のラウンドで彼らは共通の箱にお金を入れることができます。実験の管理者はそのお金を二倍にし、プレイヤーの間でそれを分けます。これは様々な環境問題に類似した素晴らしい例です。その問題では私たちは他人に犠牲を払うよう要求します。彼らは自分自身の犠牲から利益を得られるわけではありません。しかしあなたにとっては他の人の犠牲は望ましいです。そして誰にでも同様のただ乗りの誘惑があります。そこで最初に起こることは、、人々は最初に合理的な強調から始めます。これは全て匿名で行われます。参加者は持ち金の半分を配ります。しかし彼らはすぐに気付きます、「他の人は十分に協力していない。私はカモになりたくない。協力したくない」。協調は急速に衰え、合理的な協力からゼロへと向かいます。

しかしここで、ここでトリックがあります。フェールとゲヒターは7ラウンド目で参加者に告げました。「ちょっと良いですか、新しいルールです。あなたが貢献していない人を罰するために少しお金を使いたいなら、そうしても良いですよ」。そう聞くとすぐに協力が始まります。それは急上昇します。協力は上昇しつづけます。協調の問題の解決について明らかにした多くの研究があります。罰は本当に協調を助けます。良心に訴えるだけでは十分でありません。罰は本当に助けとなります。たとえ恥、ばつの悪さ、ゴシップだけだったとしても大きなグループの中で人を動かすのにある種の罰を必要とします。最近の研究ではある状況で宗教が、あるいは神、人々に神を考えさせることがより協調的、より社会的な行動を取らせることを示唆します。

Jonathan Haidtによる「リベラルと保守の道徳の起源」前編

TEDカンファレンス
2008年3月


07:44あたりまで
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二人のアメリカ人の友人が一緒にイタリアを旅行しているところを考えてください。彼らはミケランジェロの「ダビデ」を見に行きました。最終的に彼らが像と対面したとき、二人はそれぞれの理由で釘付けになりました。最初の男、アダムと呼びましょう、彼は人の形の完璧な美しさで釘付けにされました。二人目、ビルと呼びましょう、彼は像の中心にある目立つ物への決まりの悪さで釘付けになります。それでは皆さんに質問です。この二人の男のどちらがよりジョージ・ブッシュに投票しそうですか、どちらがアル・ゴアに?

私たちは同じような政治的な固定観念があるので挙手してもらわなくても私には分かります。みんなそれがビルだと知っています。そしてこの場合、固定観念は現実と一致します。経験に対する開放性と呼ばれる性格の特徴が、リベラル派は保守派よりも高い事は本当に事実です。経験に対する開放性が高い人は新鮮さ、多様性、異質性、新しい考えや旅行を切望します。それが低い人は親しさ、安全性や信頼のようなものを好みます。

みなさんがその特徴を知っていれば人間行動についての多くの謎を理解することができます。みなさんは芸術家と会計士が何故そんなに異なるかを理解することができます。皆さんは実際に彼らがどんな本を好むか、どんな場所へ旅行するのが好きか、どんな食べ物を好むかを言い当てることができます。皆さんがその特徴をいったん理解すれば、自分の知らない誰でも何故その人がアップルビーズ[アメリカのグリル料理レストラン]で食事するのかを理解することができます。この特徴は政治についても多くのことを我々に教えます。この問題の主要な研究者であるロバート・マクレーは「開放的な人はリベラルで進歩的で左翼的な見解を好む」と言います。彼らは開放的で変化のある社会を好みます。そして「一方で開放的でない人は保守的、伝統的、右翼的な見解を好む」。

この特徴もまた、私たちが加わるグループについて多くのことを教えてくれます。私がウェブで発見したグループの説明がここにあります。どんな種類の人々が、あらゆる分野と文化から参加を歓迎するグローバルなコミュニティに加わろうとするのでしょうか?誰が世界についてより深く理解しようとし、我々みんなのためにその理解をより良い将来へと用いようとするでしょうか?それはTEDと呼ばれるグループの人たちの一部のことです。

さて、もし開放性が誰がリベラルかを予見し、TED参加者になるかを予見するなら、我々は大部分のTED参加者がリベラルであると考えるかも知れません。試してみましょう。いま皆さんに挙手をお願いします。主に私たちが話している社会問題について、皆さんがリベラルか、中央より左側か、あるいは保守的か。私は聴衆の中に何人かのリバタリアンがいることを知っていますから、選択は三つです。では今、手を挙げてください。サイマル放送ルームでも誰が手を挙げているか見させてきましょう。自分がリベラルか左寄りだと思う人は手を挙げてください。さあ手を高く上げてください。OK。リバタリアンだと思う人は手を挙げてください。OK、だいたい…2ダース。では右寄りか保守派だと思う人は手を挙げてください。1,2,3,4,5,…だいたい8か10人。

OK、これはちょっとした問題です。私たちの目標は世界を理解することなので、世界のより深い理解にとって、このような私たちの道徳的多様性の欠如は問題をより難しくしそうです。というのも、人が価値を共有するとき、道徳を共有するとき、人はチームを組みます。そしてみなさんが集団心理に心をとらわれたとき、オープンマインドな思考がシャットダウンされます。2004年のように、そして2000年のようにリベラルなチームが負けるとき、私たちは自分自身を慰めます。[笑い]

我々はなぜアメリカの半分が別のチームに投票したのか説明しようとします。私たちは彼らが宗教によって、あるいは単純に愚かさによって盲目になっていたに違いないと考えます。[笑いと拍手] それでもし…それで、もしこのようにアメリカ人の半分が盲目によって共和党に投票したと皆さんが考えるなら、道徳的マトリックス、特定の道徳的マトリックスによって困難に落ち込むというのが私のメッセージです。マトリックスとは、文字通り映画の『MATRIX』のようなマトリックスを意味しています。

しかし私は皆さんに選択を与えるために今日、ここにいます。あなたは青いピルを飲んで自分を慰める妄想に固執することができますし、赤いピルを飲んで道徳心理学のいくらかを学び道徳的マトリックスの外側へ足を踏み出すこともできます。では、私は知っているので…[拍手]…OK、それを私の質問の回答とみなします。皆さんがどちらを選ぶか聞くつもりでしたが、その必要はありませんね。皆さんは全員経験に対して高い開放性を持っています。しかもそれは良いテイストを持っていそうです。皆さんは美食家ですね。ですので赤いピルを選びましょう。

道徳心理学のいくらかを学び、それが私たちをどこに連れて行ってくれるかを見てみましょう。まず最初から始めましょう。道徳とは何ですか?それはどこから来ますか?心理学のあらゆる考えの中で最悪の物は心が生まれたときに空白の石版だという考えです。発達心理学は子供が物理的、社会的な世界について多くのことを知りながら生まれることを明らかにしました。そして特定のことをいとも簡単に学び、他の事は学ぶことが難しいと明らかにしました。私がこれまでに見た最も優れた生得性の定義--それは私に多くのことをはっきりとさせます--は脳科学者ゲアリー・マーカスからのものです。彼は言いました、「初期の脳の組織はそれほど経験に依存しません。生まれは最初の草稿を与えます。それから経験はそれを修正します。ビルトイン[作り付け]は順応性がないと言うことを意味しません。それは経験に先だって組織されていると言うことです」。OK、では道徳精神について最初の草稿とは何でしょうか?

それを見つけるために、同僚クレイグ・ジョセフと私は人類学、道徳の文化的バリエーション、それから進化心理学の文献を読み、適当なものを捜しました。どの文化にも見られる、あるいは種全体にさえ見られる人々が論じる規範の種類は何でしょうか?われわれは5つを見つけました。5つが良くマッチします。我々はそれを道徳の5つの基盤と呼びます。

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最初の1つは危害/ケアです。我々はみな哺乳類です。我々は、我々を他人と協調させたり、他人を気遣ったり、他人(特に弱い者や傷つきやすい者)へ同情させるようはたらく多くの神経的、ホルモン的プログラムを持っています。それは私たちに危害を与える者に対しては強い(否定的な)印象を与えます。この道徳的な基盤はこのTEDでの私の道徳議論の70%を占めます。

第2の基盤は公正さ/互恵性です。他の動物で互恵性が見つかるかどうか、実際には曖昧な証拠しかありません。そして人の証拠についてはより明白ではあり得ませんでした。このノーマン・ロックウェルの絵は「黄金律」と呼ばれています。私たちはカレン・アームストロングからこれを、もちろん非常に多くの宗教の基盤であると聞かされました。この第2の基盤は私がこの講演で行う道徳議論ののこりの30%を占めます。

第3の基盤は集団内での忠誠です。あなたは動物界でグループを見つけることができます。協力的グループを見つけることができます。しかしそのグループはほとんどの場合とても小さいか、彼らはみな血縁です。グループに加わり協力することができる巨大な集団は人間の間にだけ見られます。ですが、結束したグループは他のグループと争います。おそらくこれは部族の生き残りの長い歴史、民族心理学に由来するのでしょう。そしてこの類の民族心理学は、我々が昔のような部族を持たない現代でも積極的にそれを作ることからわかるように、満足を与えてくれるものです。ポルノがセックスの代わりにされるように、スポーツは戦争の代わりです。私たちはいくらかの古代の…古代のドライブをします。

4つめは権威/尊敬です。非常に近縁な二つの異なる種のメンバーが行う従順のジェスチャーを見てください。しかし人間の権威は他の霊長類と違ってそれほど力や残虐さと結びついていません。それは自発的な敬意や愛の要素にも基づきます。

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第5の基盤は清純さ/神聖さです。この絵は「貞節の寓意」と呼ばれる物で、しかし純潔さは女性のセクシャリティをほとんど抑圧しません。それはあなた自身の体をどのように扱うか、どんな物を体に取り入れるかを自身でコントロールすることで達成できる美徳であるとあなたに教えるあらゆる種類のイデオロギーや考えでもあります。政治的右派が性道徳について述べると同時に、政治的左派が食べ物についてより多く話すかも知れません。食物は近頃は非常に道徳的な文脈で論じられます。あなたがどんな物に触れるか、どんな物を体に入れるかは清純さについての問題です。

奇妙な信念-後半

マイケル・シャーマーのTED講演の訳。前編の続き。だんだん訳がいい加減になり飛ばしている部分もあり…
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それで、これらのほとんどがニセ物や幻覚のようなもので一部が本物という可能性もあるけれど、それよりあり得そうなのはミステリーサークルのように全部がニセ物だと言うことです。

より重要なことは、あらゆる科学で我々はデータと理論のバランスを捜していると言うことです。ガリレオの場合、望遠鏡を土星に向けたときふたつの問題を抱えました。まず惑星の環を説明する理論がありませんでした。そして第二に彼のデータは荒くて曖昧でした。彼は見た物が何かをまだ理解することができませんでした。

それで彼は見た物をこう書きました。「私は最も遠い惑星が3つの実体を持つことを観察した」。これが彼が見た物についての結論です。惑星の輪の理論無しで、荒いデータだけでは良い理論は生まれません。それは1655年まで解決されませんでした。

これはクリスティアン・ホイヘンスの本です。彼はこの本で土星で何が起きているかを知ろうとした人々の誤りをカタログ化しました。もはや…ホイヘンスには2つのものがありました。彼には惑星の環の良い理論があったし、太陽系の動きの理解もありました。それからより良い望遠鏡と微粒子のデータがあり、ケプラーの法則によれば、地球は土星よりも速く回っていると計算できました。そして現在に至ります。土星の輪を異なる角度で見ましょう。そうすると実際に何が真実なのか分かります。

理論を持つことの問題は、その理論が認知的バイアスを含んでいるかも知れないことです。そして、なぜ人が怪しい物を信じるかの説明の問題は、シンプルなレベルでものを見るからです。それからより重要なレベルへ進みます。我々には顔を見つけ出す傾向があります。

これは火星の顔でした。1976年に人々は火星人によって造られた建築物だと思ったので、NASAにこの地域を撮影させようとする大きな運動が起きました。さて、2001年の写真のアップがここにあります。目を細めれば、まだ顔としてみることができます。あなたが目を細めているときあなたが実際にしているのは粗い粒で細かい粒をかき回すことです。データの質を悪くしているのです。私が何を見るべきかあなたに言わなければ、我々は進化によって顔を見つけ出すようにプログラムされているので、あなたはまだ顔を見続けるのです。

顔は社会的に重要です。そしてもちろん、笑顔。顔はどんな種類でも見つけ出すのが簡単です。[笑い] あなたは火星で笑顔を見つけることができます。[スライドを変える]天文学者がカエルだったらカーミット[カエルの人形]に見えるでしょう。カエルに見えますか?ちょっとカエルっぽい足ですね。[スライドを変える]ゾウの地質学者だったら?

ゾウの地質学者だったら?

ゾウの地質学者だったら?

宗教的なイコン。[笑い] 1996年にテネシーのパン屋によって発見されました。彼はマザーテレサの弁護士に止めさせられるまで、これを見に来る人から一人あたり5ドルをせしめました。グアダルーペの聖母とワトソンヴィルの聖母はこれです。

木の皮は特にもってこいです。ざらざらで枝があり白黒の斑点があるのであなたはパターンを探せます。人はパターンを探す動物です。

これはサンパウロのガラス窓のマリアです。こちらはチーズサンドの上に現れたマリアです。★これは実は私がアメリカにとどめておくためにラスベガスのカジノへもって行きまいた。このカジノはeBayで28500ドル払って落札しました。しかし本当のところ、誰に見えますか?聖母マリア?1940年代風のすぼめた口のようですが。[笑い]

フロリダのクリアウォーターのマリア。実際に見に行きました。たくさんの人がおり、そのあたりには多くの信者がいます。車いすや松葉杖のような物もあります。私たちは行って調査しました。サイズが分かりやすいように…ドーキンス、私、アメージング・ランディです。二階、二階半の高さです。これら全てのろうそく、何千ものろうそくは全て人々がこれに捧げるために火を付けました。私たちは裏側を歩いてみました。そこで何が起きているかを見るために。スプリンクラーとヤシの木があります。あなたにはどういう事か分かるでしょう。これは裏側のマリアです。彼らは拭き取りはじめています[窓に付いた水をか]。
たぶん建物ごとに奇跡を見ることができるのではないかと思います。それは本当にマリアの奇跡ですか?マージ[・シンプソン]の奇跡ではなくて?[笑い]
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では、音で、音の錯覚でこのような例をお見せして終わりにしましょう。この映画、マイケル・キートンによる「ホワイトノイズ」は死者があの世から我々に話しかけてくると言う話です。とはいえ、死者と話すというひと仕事は実はそれほどたいしたことではありません。誰にでもできます。お見せしましょう。

このケースでは多分そのメッセージは電気的な[交信]現象に隠されています。ReverseSpeech.comからダウンロードしたファイルがあります。まず普通に…これはこの手の物でもっとも有名です。このとても有名な曲の普通の再生バージョンはこうです。
[曲を再生する]
一日中聞いていましょうか?[笑い]

さて、逆再生のバージョンがあります。そこに隠れているかもしれないメッセージを見つけてください。
[曲を逆再生する]
何か分かりましたか?[観衆:「サタン」]

サタン?そうです、ともかく私たちにはサタンが聞こえました。では私はあなたの脳の聴覚器官があなたに何を聞かせるのか、あらかじめお教えしておきます。それからもう一度聞きましょう。
[”メッセージ”の内容が画面に表示され曲が逆再生される]

私がそこに何があるかを言えば、あなたはそれを聞かずにはいられません。

それでは、最後に前向きな楽しいちょっとした話で終わりましょう。スケプティクスは非営利の教育団体です。私たちは人間が行うちょっとした面白いことを常に探し続けています。イングランドにはポップ歌手がいます。本当に…今日のイングランドで最高のポップ歌手の一人、ケイティ・マルラです。彼女は美しい歌を書きました。それは2005年にトップ5でした。「Nine Million Bicycles in Beijing:北京の900万の自転車」です。それはラブストーリーで、イギリスのノラ・ジョーンズのような感じです。彼女がどれだけ恋人を愛しているか、900万の自転車やその他のことと比較して…という歌です。その一部です。[曲を流す]

♪私たちは端から120億光年にいる
♪それは推測に過ぎない
♪誰もそれが真実であるとは言えない
♪でも私はあなたとずっと一緒だとわかっている

素晴らしいです。少なくとも近いことを言っています。アメリカではこれが「端から6000光年にいる」になります。[笑い] でも私の友人、素粒子物理学者のサイモン・シンは現在、科学教育者になりました。彼は『ビッグ・バン』のような本を書きました。彼は良い科学を推進するチャンスを何でも利用します。それで彼はケイティの歌に関してガーディアンに論評を書きました。そこで私たちがどれだけ古く、どれだけ端から離れているか非常に正確に分かっていると述べました。それは120…137億光年です。それは推測ではありません。我々はエラーバー付きでどれだけ正確かも分かっています。そして、絶対の真実ではないけれど、真実のほとんど一歩手前だと言うことができます。

この論評が出た後、ケイティは彼に電話をしました。「とても恥ずかしいです。私は天文学クラブの部員でした。もっと良く知っていなければならなかった」。そして彼女は曲をリカットしました。新しいバージョンの曲で終わりにしましょう。
[曲を流す]
♪私たちは137億光年にいる
♪観察可能な宇宙の端から
♪確かなエラーバー付きのすてきな概算
♪利用可能な情報にもとづいて
♪私はあなたとずっと一緒だと予測する[拍手]

とてもクールではありませんか?[拍手]

奇妙な信念-前半

TED.comのマイケル・シャーマーの講演より。講演は2006年2月。
要約:なぜ人はチーズサンドイッチの上に聖母マリアを見るのか?「天への階段」に悪魔のような歌詞を聴くのか?ビデオと音楽を使って、懐疑主義者マイケル・シャーマーは我々がどのようにして自分自身に信じさせ、事実から目をそらすことを納得させるのかを明らかにする。

上手く意味がつかめない部分は★マーク
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やあ、私はマイケル・シャーマー、スケプティックソサイエティのディレクターでスケプティックマガジンの出版者です。我々は超常現象、ニセ科学、フリンジな集団やカルトの主張を調査しています。それからあらゆる種類の科学とニセ科学、非科学、ジャンク科学、呪術的科学、病的科学、悪い科学、非科学(ノンサイエンス)と普通のナンセンスを調査しています。そしてあなたが最近まで火星にいたのでない限り、それらが世界のあちこちににあることを知っているはずです。

一部の人々は我々をデバンカーと呼びます。それは否定的な言葉のひとつです。しかしそれに向かい合いましょう。たくさんのナンセンスがあります。我々は警察の対詐欺チームのようなものです。洗い流しましょう。私たちは間違った考えを良い考えと置き換えようとするような誤ったラルフ・ネーダーのような感じです。[笑い]

間違った考えの例をお見せしましょう。これを持ってきました。[ダウジングロッドを取り出す] これはテストするためにNBCデートラインから渡されたものです。これは…これはウェストバージニアのクアドロ社で作られました。クアドロ2000ダウザーロッドと呼ばれます。ひとセット900ドルでハイスクールの責任者に売られていました。これはラジオジャックアンテナをプラスチックに取り付けたものです。あなたはこれでどんな物でもダウジングできるはずです。が、これは学生のロッカーのマリファナを捜すために作られました。[笑い]

さて、使い方はこうです。廊下を歩いていきます。そしてこれがロッカーのどれかに向けて傾くかどうかを見ます。あなたを指してみましょう。
[ロッドを持って歩き始める]
おっと、右よりのバイアスがあるようです。[笑い]もういちど…これは科学ですから、コントロールされた実験をしてみます。
[逆向きに歩き始める]
確かにそちらを向きますね。[笑い]
あなた、失礼ですがポケットの中身を見せてください[笑い]
それで、問題のように学生のロッカーのマリファナを見つけることができるでしょうか?答えは、たくさん開けるなら、イエス。[笑い/拍手]

しかし科学では、我々は失敗を考えないといけません。まさに成功ではなくて。そしてそれはこの短い話の重要な教訓です。これが心霊術師や星占占い師、タロット占い師のやり方です。人は成功を覚えています。人は失敗を忘れます。科学では我らは全てのデータを持っていなくてはなりません。成功の数が総数のうち偶然から予想されるよりも多いかどうかを見なければなりません。

我らはふたつの不透明な箱を持っていました。ひとつには政府認可のTHCマリファナ、もう一つは空っぽ。そして50%の確率で当たりました。それはまさにコイン投げをした場合に期待できる確率です。それは我々がしてしまっていることのちょっとした面白い例です。

スケプティックは季刊誌です。毎号、特集を持っており、例えばこれは「知性の未来」です。人はより賢くなりますか?バカになりますか?私自身その仕事をしているので意見を持っています。実際のところ人々は、結局、賢くなっています。10年につきIQは3上昇します。面白いことに。

科学では、懐疑主義は意見であると考えないでください。むしろ科学さえ意見ではありません。科学と宗教は互換性がありますか?それはちょうど、科学と配管工事は互換性がありますか、と言うようなものです。それら…これらはふたつの異なるものです。科学は意見ではありません。それは動詞です。それは意見について考えることです。それは全ての現象の自然的な説明を捜す方法です。
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さて、よりあり得そうなことはなんでしょうか?…惑星間の膨大な距離を旅行する地球外の知的生命や多次元的存在が来てカンザスの農家のボブの林にスケプティックドットコムと言うミステリーサークルを残して、我々のウェブサイトを宣伝しているのか?それともスケプティックの読者がフォトショップで作ったという方がありそうですか?そして常に我々が問わなければならないのは-[笑い]-よりあり得そうな説明は何か?です。何かをこの世のものとは思えないほど素晴らしいと讃える前に、この世のものかどうかを確かめなくてはなりません。[別の写真を見せて]何がよりあり得そうですか?アーノルドが知事選で地球外生命の支援をちょっと受けたでしょうか?それともワールドウィークリーニュースがでっち上げたのでしょうか?[笑い]

そしてそのような…同じテーマがシドニー・ハリスの漫画で上手く表現されています。「次に、奇跡が起きます」「そのステップ2はもっとはっきりさせた方がいいと思うよ」この一枚のスライドは完全にインテリジェントデザイン理論を解体しています。これ以外に何もありません。[笑い]あなたは奇跡が起こると言うことができます。それは全く何も説明していません。それは何も提供しません。テストできるようなことは何もありません。インテリジェントデザイン創造論者との対話はこれで終わりです。

ところが…実際には科学者は時々言語学の場所を満たす物として(新しい言葉を作っては)言葉を放り投げます。ダークエナジー、ダークマターとかそんな感じで。我々はそれが何か分かるまで、そのような言葉で呼びます。それは科学にとって原因の(解明の)連鎖の始まりです。インテリジェントデザイン創造論者にとっては連鎖の終わりです。ところでもう一度尋ねることができます。よりあり得そうなことは何ですか?UFOのエイリアンの宇宙船か、知覚的錯誤か、あるいはニセ物ですか?[UFOの写真を見せる:冒頭の写真]

これはカリフォルニアのアルタデナで、パサディナ(の街)を見下ろす自宅から撮ったUFOです。ビュイックのタイヤのキャップに見えるなら、実際にそうだからです。あなたにはフォトショップは必要ありません。ハイテク装置は必要ではありません。コンピューターもいりません。これはコダックの使い捨てカメラで撮られました。ホイールキャップを投げる準備ができている誰かを向こうに立たせます。カメラを構えて…はい終わり。[笑い]

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