『ラカンは間違っている』

ラカンは間違っている

ディラン・エヴァンス
桜井直文監訳 冨岡伸一郎訳
2010年2月下旬刊行予定/予価1470円(税込)
という訳書が学樹書院から出るらしい。ミもフタもないタイトルだなあ。
96ページなので相当薄い。売れなさそうだ。著者のウェブサイトにも原著が(単著としては)挙げられていない。

追記:出版元によれば

エヴァンスの「ラカンは間違っている」は、もとラカン派の精神分析を行っていた著者がみずからの経験をもとに書き下ろした論文「ラカンからダーウィンへ」の翻訳、「4年後」の補筆、カウンセラーを務める訳者による解説からなるラカン批判の書です。

ということらしい。ともかく何かおもしろいことはないかとを漁ってみて、詳しい経歴を見つけたので、関係がありそうなところだけ抜粋。

私が理解できなかったちょっとした理由によって、ブエノスアイレスにはニューヨークシティよりも(単位人口当たりで)多くの精神分析家がいる。この分析家の驚くほど多くが「ラカン派」、つまりジャック・ラカンの難解な教えを受け継いでいる。ラカンはエキセントリックなフランスの精神分析家で、1953年に国際精神分析学会を脱会し自分のスクールを作った。ラカンはフロイトの考えの再解釈を提案した。それは最初はソシュール言語学の用語で示されていた。最初に私を彼に引きつけたのは、このラカンの言語学的な要素だった。私はラカン派精神分析に興味を持って、1992年にブエノスアイレスに戻ったとき、ラカン派分析家の精神分析療法に足を踏み入れて、分析家として訓練を受ける事を決めた。また、おもに自分自身のために怪しいアイディアを筋道立てるため、最初の本であるラカン派精神分析入門辞典(An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis)を書き始めた。アイディアは明白になりはじめたが、彼らはますます説得力を失っていった。最初の頃の懐疑にもかかわらず、ラカン派精神分析の訓練を続けるために、そしてカンタベリーのケント大学の人文学科で精神分析のMAを取る勉強のために1994年に英国に戻った。トレーニングと課程が進んだが、しかし私のラカンに対する疑いは、そして精神分析一般に対する疑いは増していった。それは衰えなかった。1995年に開業医に加わって、またサウスロンドンの臨床心理部で外来患者用の精神療法を提供していた英国NHSでパートタイムで働き始めた。結局、精神分析の効果と有効性への疑問は、もはや自分がはっきりとした良心を持つセラピストとして働き続けることができないと認識するほどに大きくなった。

私は全ての臨床の仕事を辞め、その仕事の間に私の心に生まれていた疑問に取り組むためにPhDを取ることに決めた。精神分析には何か維持する価値があるだろうか?代わりに我々が目を向けなければならない精神障害の他の理論には何があるだろうか?

私はバッファローのニューヨーク州立大学で有名なラカン学者と数ヶ月をともに過ごしたが、そこの恐ろしい天候とロンドンスクーオブエコノミクスからの魅力的なオファーで滞在は打ち切られた。LSEの哲学科はPhDのプログラムによって、私にロジックと科学的手法を学ぶ場を与えてくれた。LSEはまさに知的な議論の中心地だった。私は喜びとともにワクワクする空気に飛び込んでいった。そしてすぐさまヘレナ・クローニンの情熱的な姿と出会った。ヘレナは私に進化心理学を教えた。私は魅了された。ここには心に対する科学的に確かなアプローチがあった。フロイトとラカンの狂った考えとは対照的に。ヘレナが組織した公開セミナーのDarwin@LSEシリーズのおかげで、私は世界中の指導的な進化心理学の専門家と出会うことができた。私が最初の「漫画本」である『進化心理学入門』を書いたのはLSEで大学院生の時だった。ラカン派精神分析から進化心理学への知的な旅--ラカン派とダーウィン主義者の両方でまだ驚きを呼ぶ旅--の詳しい解説のため、The Literary Animalの一章のPDFがここにあるからクリックしてみて欲しい。

クローニンの学生だったとは知らなかった。

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