[メモ]シンボル信仰と国旗

togetterの小倉弁護士、国歌国旗強制について述べるより。

興味深かったのはまとめについたコメント

これは大きく言うと、「思想・心情の自由」と「国への忠誠」という二つの価値の比較の問題。一般にどちらも大事で比較できない。だけど、民主主義国では、「国への忠誠」=「人権が保証される国家制度への忠誠」だから、「国への忠誠」を誓うことは、それ以上に「人権が保障される国家制度」を最大限に尊重することを意味する。だから国家・国旗の強制といった自己矛盾はありえない。(強調は引用者)

そうではない。国家という概念や国旗のようなシンボルを「人権が保証される制度」と同じと見なさない人がいるから議論が起きる(だいたいシンボルがその実体と「同じ」とはどういう意味だろう。あくまでシンボルはシンボルだろう)。そのような人たちは、シンボルよりも現実に存在するもの、たとえば人権・人権を守るための制度・市民ひとりひとりの方がずっと大切だと考えているし、シンボルへの忠誠を要求することは人権を守るための役に立たないどころか、積極的にそれを侵害している、と考えている。小倉弁護士はこう述べている。

象徴として扱われるものより、その対象の方が上です。影よりも実体の方が偉いのです。影に忠誠を尽くさないと実体が不利益を課されるなんて本末転倒。

次のコメント

この手の話を数多く見ると相手を説得するために言葉を交わすことには限界があると感じさせられるわ。 話して分からせるのは難しい、だから左翼教育者はいう事を聞く子供のうちに己を思想を叩き込もうとするんだな。大人になってしまっては手遅れだから。卑劣だが戦略的には正しい。敵に育つ前に味方に作り変えてしまう。自然に育てば生物としての本能で自分の所属コミュニティーに仇名す行為を認めるはずがない。(強調は引用者)

小学生に国旗、国家への忠誠を誓わせることが「己の思想をたたき込む」ことでなくていったい何だろうと思うが、それはともかく、確かに集団主義は人間の本性の一部であり得そうだ。そしてその本性にしたがった結果が民族主義や国家主義だ、というのが20世紀の教訓ではないだろうか。

小倉さんへの反論を見ても、「象徴だから敬われなければならない」という紋切り型のリプライしかない。なぜ象徴が実体と同じく敬われなければならないのかも、それによってどんな実害があるのかも説明されていない。と言うよりそもそもできないのだろう。なぜか?

国家という概念、国旗・国歌などのシンボルはおそらくそれ独自に尊重、忠誠、信仰の対象となりうる

たとえば国民のために粉骨砕身働き、みんなから慕われる人が、国旗を軽んじたら人々はどういう反応をするだろう。もし本当にそのようなシンボルが国民だとか国家的制度だとかと等しいとしたら、「この人は一生懸命みんなのために働いてくれたのだから、軽んじても仕方ない。シンボルへの忠誠義務は一般人よりも軽減されるべきだ」と考えるのではないだろうか。納税義務などだったら(その人が大金持ちでもない限り)軽減してあげましょうという話になってもそれなりに賛同を得られそうだ。しかしシンボルへの忠誠はきっとそうはならない。「今まで尊敬していたけど、国旗を軽んじたから嫌いになった」という人が出るだろう。

シンボルは軽んじられられるだけで、おそらく直観的に、気分を害したり憤ったりする人が出る

シンボルは「国民や国家や制度の象徴だから」忠誠を捧げられなければならないというのは後付けの理屈だろう。60年前であれば、シンボルは「何にもまして神聖なものだから」忠誠を捧げられなければならないと言い換えられたかもしれない。どちらも現実に推進しているのはシンボルへの忠誠だ。

国旗への敬意を全く持たずに国民の生活や権利の向上のために働く人がいてもおかしくないし、逆に国旗への溢れんばかりの敬意をもち国民を害する人がいてもおかしくない(こちらは歴史が証明している)。だからシンボルへの忠誠が、国民や制度への忠誠とイコールで結びついているのは自明ではないのだ。そう考えるのは自己欺瞞の一種なのではないだろうか。民主主義や人権を奉じていると見せかけながら(実際に奉じているのだとは思うが)、シンボルへの忠誠も満足させることができるし、他人へ要求する口実にもなる。(このへんはデネットの「信じることを信じること」believe in believeに共通しているかもしれない)

一部の人々はシンボルへの忠誠と言うよりは信仰を持ち、別の人々はそのような信仰を持たない。だから「相手を説得するために言葉を交わすことには限界がある」は正しい。ではなぜシンボル信仰は存在するのだろう?集団や国家のような抽象概念を(忠誠や信仰の対象となる)個物と見なす心理はなぜ存在するのだろう?宗教認知心理学の派生ネタとして理解できそうだが。

ちょうど1年前にも似たようなこと書いていた。
[政治] 国旗の神聖さと宗教性