ダーウィンは正しかった。あるところまでは。

Gurdianにサイモン・コンウェイ・モリスが書いた記事の適当な抜粋。2009年2月。
……
心配ご無用。進化の科学は間違いなく不完全だ。実際にプロセスを理解することは--この場合は自然選択と適応のことだが--あなたが何が進化するか(何が進化するはずか)を予期する力を備えていると自動的に意味するわけではない。そして我々が進化の産物だからというだけで--明らかに進化の産物なのだが--、進化が世界を理解する我々の能力を説明すると仮定するのは論理的ではない。むしろその反対だ。

Don’t worry, the science of evolution is certainly incomplete. In fact, understanding a process, in this case natural selection and adaptation, doesn’t automatically mean that you also possess predictive powers as to what might (or even must) evolve. Nor is it logical to assume that simply because we are a product of evolution, as patently we are, that explains our capacity to understand the world. Rather the reverse.

……
それでも進化は明らかにより根本的なルールに従っている。間違いなく科学的だが、しかしダーウィニズムを超えるルールに。なんだと!完全な説明でないダーウィニズムだって?なぜ完璧でなければならないのか?つまるところそれはメカニズムにすぎない。しかしもし進化が予言的で、本当にロジックを備えているなら、あきらかにそれはより深遠なルールによって支配されている。それについて考えるようになってほしい。それらは全て科学だ。なぜダーウィニズムは例外でなければならないのか?もっとたくさんのものがあるのに。心はどうやって説明できるだろう?ダーウィンは口ごもりながら説明した。彼はその考えに、犬の説明よりもいくらかでもマシな確信を持てただろうか?

Nevertheless, evolution is evidently following more fundamental rules.Scientific certainly, but ones that transcend Darwinism.What! Darwinism not a total explanation? Why should it be? It is after all only a mechanism, but if evolution is predictive, indeed possesses a logic, then evidently it is being governed by deeper principles. Come to think about it so are all sciences; why should Darwinism be any exception?

But there is more. How to explain mind? Darwin fumbled it. Could he trust his thoughts any more than those of a dog?

……
物理学者が奇妙な宇宙について話すときだけでなく、想像不可能なくらい奇妙なこと述べる時にも、彼らはほとんどのネオダーウィニアンが考えることさえ好まない隙間(unfinished business)の感覚を明確に表現する。もちろん我々の脳は進化の産物だ。だが誰が真剣に意識が物質だと考えているのだろう?たしかに何人かはそんなことを主張しているが、彼らの説明は前進しなかったようだ。われわれは隙間に立ち向かっている。神の埋葬?そうは思わない。無神論と書かれた棺を私とともに担ごう。だが参列者がわずかなことを私は恐れる。

To reiterate: when physicists speak of not only a strange universe, but one even stranger than we can possibly imagine, they articulate a sense of unfinished business that most neo-Darwinians don’t even want to think about. Of course our brains are a product of evolution, but does anybody seriously believe consciousness itself is material? Well, yes, some argue just as much, but their explanations seem to have made no headway. We are indeed dealing with unfinished business. God’s funeral? I don’t think so. Please join me beside the coffin marked Atheism. I fear, however, there will be very few mourners.

読者のコメントは…

「隙間」が自動的に「神がそれをした」を意味するわけではない。想像を超える奇妙な宇宙を科学者は楽しむ。スリルは、奇妙なことだと主張することではなく、奇妙なことを理解しようとするところにあるからだ。あんたが聞いているのは弔辞じゃない、サイモン。それは響き続ける驚嘆の声だ。

PZMyersのコメントを抜粋

コンウェイモリスがどんな現象を議論するかはまったく問題じゃない。一般の解法でも一度限りの奇妙さでも、それらは全部、神様でいっぱいの心への「神だ!」という叫びを表している。彼はこれがおもしろいと思っている。でも私は現実を説明するために超越的存在のような検証不可能で証拠のない現象を主張するのは、くだらない言い逃れではないかと思っている。
……
私は意識が自然のプロセスの産物であると真剣に考えている。その前提から仕事を続けている神経科学者、心理学者、哲学者が、実際に、私たちの心の理解に有益な貢献をしているとわかる。……彼は魂を主張したいのだろうか?間違いなくそうだと思う。だが彼はそれを率直に表明する勇気をまだ持っていない。……

一方ドーキンスのコメントは…

ここ(RDFのフォーラム)でコメントしている人々はサイモン・コンウェイ・モリスが無知かバカだとほのめかしている。彼はそのどちらでもない。彼はすばらしい古生物学者で優れた著述家だ。残念なことに信心深いキリスト教徒でもある。その理由は誰にもわからない。かつて私が理由を尋ねたら、彼は新約聖書の信憑性を理由に挙げた。それは予想もしなかった答えの一つだった。私は何も言えなかった。……

何も言えなかった理由を尋ねられて

教典を信じているというよりももっと大人っぽい答えを期待していたのだと思う。物理定数が化学と生物学を可能にするようファインチューニングされているとか。新約聖書の真実を信じているとは、衝撃的なほどナイーブで子どもっぽかった。それが優れた科学者の口から出たのだ。

そして

……私たちはふたりとも収斂を愛している。だが私はほぼまちがいなく、コンウェイモリスの次のステップにほとんど共感しない。話に神を持ち込むやり方に。私にとって収斂は自然選択の力のすばらしい証拠だ。コンウェイモリスは時々は同意してくれるようだ。だが他の時に彼が考えるのは……では、こういう言い方をしてみようか。あなたが賭をする人間なら、サイモン・コンウェイ・モリスがいつかテンプルトン賞を受賞する方にいくらか賭けておくのが良いだろう!

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