親は重要か?

サイエンティフィックアメリカンの09/07/08の記事より
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1998年にジュディス・リッチ・ハリスは「 The Nurture Assumption:Why Children Turn Out the Way They Do / 子育ての前提:子供たちがそうするようになる理由」(邦題:子育ての大誤解)を出版した。本は典型的に仮定されているよりも親は重要ではない、少なくとも子供の振る舞いを決定すると考えられているほどではないと挑発的に主張した。その代わりにハリスは子供の仲間集団がより重要であると主張した。子育ての大誤解は拡張、修正されて最近再版された。サイエンティフィックアメリカンマインドの編集者ヨナ・レーラーはハリスと彼女の批判者について、アイディアの進歩について、教師が両親より重要な理由について話をした。

サイエンティフィックアメリカン・マインド:フロイトは有名なことに子供の問題を親のせいにしました(特に母親に厳しかった)。10年前の影響力のあった本、『子育ての大誤解』であなたは親がほとんど無実で、[子供の]仲間がもっと重要な役割を演ずると主張しました。あなたに本を書かせたものは何ですか?

ジュディス・リッチ・ハリス:それははっきり言ってフロイトではありませんでした。すべての宗派の心理学者は、スキナーのような行動主義者でさえ、子供がうまくいかなかったらどんなことでも親に責任があると考えました。私が本を書いた意図の一つは親を安心させることでした。私は子育てがそれほどまでに難しく、不安を引き起こすようなことではないと彼らに知って欲しかった。子供を育てるにはいくつもの異なる方法があり、ひとつのやり方が他のやり方よりもうまくいくという納得できる証拠はありませんでした。

しかし私の主な動機は科学でした。私が大学生のために子供の発達について教科書を書いて過ごした間、私は親に子供の個性を形作る大きな力があるという信念を疑ったことがありませんでした。(これは今私が「子育ての前提:nurture assumption(『子育ての大誤解』の原題)」と呼ぶ信念です)私がついに疑いを持ち始めて、より細かく証拠をみたとき、愕然としました。大部分の研究はそれを無意味にするようなひどい傷がありました。そしてより厳格な方法を用いた研究は前提を支持しない結果をもたらしました。

マインド:反応はどうでしたか?

ハリス:最初の反応はひどいものでした。心理学の教授たちはそれを読む機会を得る前に意見を述べるよう依頼されたので、伝聞に基づいて述べました。彼らは「ハリスは莫大な証拠を無視した」と答えました。しかし私が無視したという証拠を示すよう迫られたとき、私が本の中で厳しく分析したのと全く同じ種類の研究を示しました。また彼らは、まだ発表されていないが、発表されるとハリスの間違いを証明する研究があるとジャーナリストに話しました。それらの未発表の調査を探し出す私の試みは二番目の本(No Two Alike)に書かれています。

時が経ち、教授たちは落ち着きました。おそらく私が学術誌にも発表していたので何人かは私に耳を傾けはじめました。私の研究は現在、多くの心理学の教科書で引用され、大学の講義で使われています。もちろん大部分の発達心理学者はまだ私に同意しません。しかし彼らは少なくとももう一つの見解があると認めています。研究手法の若干の前進もありました。私が小言を言ったからではなく、個性に対する遺伝的な影響を認識したためです。

例えば子育てに誠実である親たちが勉強に誠実である子供を持つ傾向があることを示すのに、それはもはや(子育てだけにそれを帰すのは)十分ではありません。

この相関関係は、子供たちが両親から学んだことの結果でしょうか、あるいは両親から受け継いだ遺伝子の結果でしょうか?一貫して適切にコントロールされた研究は第二の説明を支持します。実際に生物学的親族の個性の類似性は環境よりもほとんど遺伝に起因します。養子は個性の点で養父母に似ていません。私は特に遺伝子に興味があるわけではありません。しかし要点は、それが考慮されなければならないと言うことです。子供が環境に何をもたらすか分からない限り、我々は環境が子供にどんな影響をもたらすか理解することができません。

マインド:なぜこの考えがそれほど論争的になると思いますか?つまり、なぜ我々は両親が重要でなければならないと確信しているのでしょう?

ハリス:それは文化の一部です。大事にしてきた文化的神話を疑うことは危険です。ほとんどの人が理解していないのは、異なる文化が親の役割について異なる神話を持っていると言うことです。両親には子供がどのようになるかを決定する大きな力があるという確信は、じつはむしろ最近の考えです。

20世紀中頃になるまで、普通の親はそれを信じていませんでした。私は文化が変わる前の1938年に生まれました。当時子育ては非常に異なる中身を持っていました。両親は子供の希望を満足させるために自分自身の便宜や快適さを犠牲にしなければならないとは考えていませんでした。子供たちの自尊心を励まさなければならないとは考えていませんでした。実際には多すぎる関心と褒めることは子供を甘やかしうぬぼれさせることになるかも知れないとしばしば考えました。家庭のルール違反に対しては体罰が用いられました。父親はほとんど育児に参加しませんでした。自宅での彼らの役割は規律を管理することでした。これらは全てここ70年で変わりました。しかし変化には期待されたような影響力がありませんでした。

人々は相変わらずです。体罰が減ったにもかかわらず今日の大人は祖父母と同じように攻撃的です。賞賛と身体的な愛情が増えたにもかかわらず、彼らはより幸せでも、より自信を持っているわけでも、より精神的に健康というわけでもありません。それは幼児の発達理論をテストする面白い方法ですね:何百万もの親を説得して理論に従って子供たちを育てさせ、それから座って結果を見ます。それで、結果が出てきました。彼らの理論は支持されていません!

マインド:あなたの考えは本を書いてから変わりましたか?

ハリス:変わったと言うより拡大しました。いくつかの穴を塞ぎました。『大誤解』の初版が出てから数年後に、その本で提唱されている理論(グループ社会化理論)が不完全であると気付きました。それは社会化ーー子供たちが文化に受け入れられる行動、技術、態度を得る方法ーーの良い説明を提供しますが、個性の発達については上手く説明できません。子供たちは社会化され、行動は同性の仲間たちのようになります。しかし個性の違いはなくなりません。というよりもむしろそれは広がります。

グループ社会化理論は、例えば同じ家で育てられ同じ仲間集団に属する一卵性双生児でさえ異なる個性を持つことを説明していません。それは私が次の著書で取り組んだ難問です。拡張された理論は人間の心がモジュール式であり、いくつかの構成要素からなるという考えです。それぞれのモジュールは特定の仕事を果たすために進化の過程で作られ、そして三つの異なるモジュールが社会的な発達のために関係しています。最初は親子関係に対処するモジュール。ふたつ目は社会化。みっつ目のモジュールによって、子供は自分自身何が得意かを知ることによって仲間との競争で成功することができます。

マインド:あなたは子供の発達にとって教師の重要性を強調します。どのように、我々は幼児発達のこの新しい理論を公共政策に応用できるでしょうか?

ハリス:私は子供が家の中で(そこは両親の力が及ぶところです!)、家の中ではどのように振る舞うべきかを学ぶこと、そして家の外で、家の外ではどう振る舞うべきかを学ぶという証拠を集めました。それで子供の学校での振る舞いを改善したいなら、例えば彼らをより勤勉でより攻撃的でなくするようにしたいなら、家庭環境の改善は最高の方法ではありません。必要なのは学校を基盤とした干渉です。そこでは教師に力があります。優秀な教師は子供の全てのグループに影響を与える事ができます。

教師の最大の難問は、子供のグループが対立するふたつの派閥(学校と勉強に親和的なグループと、学校と勉強に対立的なグループ)に分かれないようにすることです。そうするとふたつのグループの違いは広がります。親学校グループはより良くなり、反学校グループはより悪くなります。40人の子供を持つ教室は20人の教室よりも分裂しやすいかも知れません。それは学生が何故小さなクラスでより上手くやるかを説明するかも知れません。しかしクラスの大きさに関係なく、一部の教師には彼らを教室に結び付けておくコツがあります。

アジア圏の教師はアメリカ人よりもそれが得意なようです。そしてこれは私がアジアの子供が学校でよりよく学ぶ理由のひとつであると思います。間違いなく文化の違いがあります。が、我々は彼らの教育方法とそしてここでどのように応用するかを学ぶことができたでしょう。自発的にサブグループに分裂する子供の傾向は、私立か公立かにかかわらず不利な家庭から進学することを支援するプログラムの、一定でない成功率を説明することができるかも知れません。このプログラムの成功率は数で決まります。異なる家庭環境から来る一人か二人の子供がクラスにいるだけなら、彼らは行動と態度を他の子供たちと同化させます。

しかしそれが五人か六人になると、彼らだけのグループを作り彼らの行動と態度を持ち続けます。オバマ大統領は科学を然るべき位置に戻すと約束しました。私はその然るべき位置が研究所である必要はないと理解するよう望みます。それは学校でもあるのです。

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