科学と宗教に互換性はあるか? -その3.2

http://edge.org/3rd_culture/coyne09/coyne09_index.html

ローレンス・クラウス(物理学者)

この問題の懸念についてあまりに多くのインクが費やされてきた。宗教と科学は無関係だ。科学が宗教を否定するかどうかは神学者にとっては関心事かもしれないが、科学者にとっては問題ですらない。問題は科学が立ち向かっている重要な謎にある。宇宙の起源と未来、生命の起源と未来。

科学と宗教が和解するかしないかが大きい問題だというような、この手の話は誤解を与える。それは大きな問題なんかではない。私はバチカンの会議で神学者に言ったことがある:神学者は科学者の話を聞かざるをえない。一貫した神学を作ろうと試みることを願うなら(私にはそれが可能かどうか意見があるが、それは特に重要ではなく述べる価値もない)、少なくとも彼らは世界がどう働いているのかを知る必要がある。だがそれは科学のプロセスには全く影響を及ぼさない。科学者は神学者の話を聞く必要はない。

ハワード・ガードナー(心理学者)

もちろん、あなたが科学的手法と科学の営みを信じるのなら、お告げ(それがどんな内容であれ)への信仰をほとんど容認しないだろう。しかし我々はみな、もっとも極端な合理主義者でも、心の中に矛盾する信念を持っていてどうにか混ぜ合わせている。私にとって大事な一線は宗教/神を信じる人と信じない人の間にはない:一線は他人がその人の信念システムに干渉しない限り他人の信仰に対して寛容な人と、異なる信念システムを原理的に異なると見なす不寛容な人の間にある。言い換えれば、私は相互の寛容に同意する。まあ相互の尊敬を好みはするが…。そして今や宗教的で真に寛容で、丁重で、世界的で[ecumenical]、包み込むような大統領を持つに至った。--しばらくは宗教戦争を鎮め、感謝の祈りをつぶやこうではないか。

リサ・ランドール(物理学者)

このEdgeの記事を読んだちょうどその日にまさに偶然によって、魅力的な若い俳優がLA行きの飛行機の私の隣に座って何も催促していないのに答えてくれた。彼はちょうどこけら落としから戻るところで、熱意と楽観主義で満たされていた。今日の若者の多くのように、彼は世界に良き場所を残したい。彼は役者としてキャリアを歩み始める前に分子生物学を学び、都市部の三つのミドルスクールで科学教育に参加した。彼は俳優としてのキャリアと一緒に、自分の教育に基づいて学生がよい教育を受けられるワールドワイドな学校をいつかは始めたいと語ってくれた。

しかしこのあたりで会話は曲がり角を曲がった。彼のカリキュラムは宗教に関する少なくとも一つのコースを含む。私は驚かされた--この聡明な青年は生物学を学び、そしてそのほかのあらゆる点について、この種の疑問に答える誰でも持つ典型的な教育に基づいた意見と態度を持っているようだった。しかし宗教は彼の人生の大きいな一部だった。彼の学校で起きる最悪のことは、学生が宗教について学び自分自身で判断するようになることだとはっきり言った。彼自身、ヒトはサルから登場したのではなくてアダムに由来すると信じていた。生物学者が進化を信じていなかったので、私はどのように人が教育されるか理解できなかった。彼はどのように科学を学び、論理を理解することができたか、そしてそれは単に人がどう組み立てられているかの理論だと私に説明した。彼の心にとって、それはその方法であるだけでない。

これは私にとって、提案されている問題に我々が答えてこなかった理由を強化した。経験ベースで論理推論的な科学と、信仰は、真実に近づくための全く異なる方法だ。あなたのルールが論理だけであるとき、矛盾を引き出せる。あなたが天啓の真実を信じるならルールを捨てたことになる。取り組むべき矛盾はない。私はジェリー・コインの質問を同乗者に見せるためにブラックベリーを取り出した。彼は同意した。彼は答えを体現している。

パトリック・ベイトソン(動物学者)

宗教と科学を一致させようという試みは無意味だ。チョークとチーズを調和させようとはしないだろう。それらを全く別のカテゴリーに入れている。無神論者として私は自分が育った多くのキリスト教の文化に動かされていると言う事実に何も問題を感じていない。文化、音楽、建物、少しの宗教的なセレモニー。私は科学的な分析法を多くの喜びを与えてくれる人生の一面に適用する必要を感じない。

しかし他の人が持っていて私が持っていない宗教信仰について、面白い疑問を発することはできる。信仰は彼らにどのように作用しているのか?それは彼らの人生でどのように発達するのか?どのように過去の世代で進化したのか?そして、何のためにあるのか?これらは全て、私たちが生物学と心理学のあらゆる面に対して問う疑問だ。最後の質問は、現代において宗教信念が個人へ果たしている役割は何かという意味においてだが、重要だ。この疑問に答えようとするとき私は実際的で無神論者でもある同僚から距離をとる。

もしあなたが気持ちよく生き、良き友人に囲まれ、刺激的で面白い人生の終わり無き幸運に囲まれているのなら、全知であらゆることを気にかけている存在への信仰の必要性などたいしたことではない。しかし幸福なことなど何も無い惨めな人生を送っているなら、しがみつく何かを、あなたは追い求めるが現実世界には存在しそうにない何らかの信念を望むだろう。

そのような人々に、あなた方は自分を欺いているのだと言うことは驚くほど鈍感に思える。彼らはたった一つの人生しか持っていないのだから、足を踏み出して楽しむべきだ。科学は彼らの助けとなる方向で世界を認識することの助けとなりそうにない。科学は彼らの重荷を楽にするために用いられることができる--しかしそれは別の問題だ。合理的であれと彼らに言うのは彼らの不幸を悪化させるだけだ。私はオバマの科学へのコミットメントと彼がすでに行った重要な科学的な任用を賞賛する。しかし科学の新たな取り扱いが誤った勝利主義を導くなら、そして我々の手を越えて存在する問題に心理学的な解法を提供できるのだという傲慢を導くなら私はさいなまれるだろう。

ダニエル・エヴァレット(人類学者)

宗教は、哲学的に科学と互換性がない。どんな結果でも許される開かれた探求と、「神の真実のお告げ」の概念や知識とその普及を管理する宗教的ヒエラルキーは互換性がない。私は無神論者だ。私は神学の学士を持っているが、それは時間の無駄だと考えている。

しかしこのどれも科学が宗教的な人々と対話する義務から解放しない。科学者は社会の一員だ。文化的、財政的、そして宗教的にも独立して科学を実践できない。アメリカ国立科学財団が宗教的な人々の払う税金から莫大な助成を受けているという事実だけでも、敬意を持った対話を維持することが重要だ。もちろん納税者に科学に対する拒否権があるという意味ではない。しかし科学者が宗教のことを科学の営みとは無関係だと考えることができず、またそう考えるべきではないことを意味する。ジェームズ流プラグマティストなら科学は社会に役立つ成果を提供しなければならないと主張するかもしれない。しかし「役に立つ」のの定義は広い--科学の支持者に対する義務を認識することは不可欠だ。

科学は「お告げ」には私たちにとって良い何かがあると偽って言うべきではないが、科学も「お告げ」のような形を見せることがあるのを忘れてはならない。科学者が観念的な意味で、真実に向かって行進していると考えているとき、彼らは科学的ではなく宗教的に振る舞っている。真実への信仰はローティが警告したように、科学者の神となりえて、そしてそうなるとき他の神と同様に迷信を含むこともある。そして多くの科学者は予言者--その言葉がより尊重され、より真実を反映していると見なされる特別な人々--への信仰を共有する。

科学は汚いところで行われる汚いビジネスだ。科学者はわずかな間にトイレットペーパーを使うように進化したヒト科に過ぎない。科学はそれを支える社会に存在、健全さ、そして結果を負っている。結局のところ、科学者は彼らの神、真実への瞑想という世間的な制約から解放されている修道士ではない。後援者の中には現代社会における彼らの敵も含まれている。彼らは対話をしなければならず、本物の科学の信者だけが対話に値するかのように振る舞ってはならない。どんな冗談であっても我々はカクテルを飲みながら話すのだ。

結論は、宗教は科学の実践に関わるべきではないが、そしてそれ以上に政治にも関わるべきではないが、宗教的な人々は、彼らを丁重に扱い、宗教史家マーク・ノールの言葉で「認識論的な謙遜の天蓋:canopy of epistemic humility」を作るために注意するように要求する権利があるのだ。

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残りはデネット、スモーリン、ダイソン、ダーマン、ギバーソン、ケン・ミラー、サム・ハリス、ピンカー。結構あるなぁ…。リサ・ランドールの答えはちょっと意味がわからない(訳の酷さは別として。もう少し修正しないと…)。この文脈ではその俳優は創造論者であって、科学と宗教が両立していない例ではないのだろうか?それとも実際に両立しないことを示す例として俳優の話を取り上げたのだろうか?

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