無神論戦争 その2

やはりコインのブログ記事を翻訳。

アンドリュー・ブラウンが、宗教批判や無神論の推奨と科学教育を一緒にしておくと政教分離に抵触すると主張しているのに対して、コインやPZマイヤーズは科学教育なんてどれも宗教信仰と反することを教えるようなものだと反論している。本当はブラウンの記事も訳すべきなのだが面倒なので省略。
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どうやら、調停主義者の首魁アンドリュー・ブラウンは自身のブログで最近のガーディアンの記事よりもバカな議論を進めようとしている。我々無神論者は戦術に非常に慎重でいなければならない。ブラウンによれば、進化を承認することと無神論を同等に扱うならば、進化が学校でもはや教えることができなくなる状況を作るらしい。結局のところ、学校で無神論を教える事は宗教への侮辱に等しく、それはアメリカの学校では違法だ、ということらしい。

[以下抜粋]議論に入るために、無神論者が科学的な世界観を、信仰を持つ人よりも受け入れられるかどうかは知る必要ではない。キリスト教は少なくとも、宇宙でこれまでに起こった最も重要なこととして、少なくとも一つの奇跡を受け入れなければならないようだ。そして科学者がそれを拒絶するのは合理的だ。いずれにせよ、それは科学が世界を説明するよりももっと大きな事をするより大きな神話の全ての部分だ。そのような神話は議論で取り除くことができない。「しかし証拠はどこですか」「どうして科学者は奇跡を信じられますか」などなど。しかし問題はそこだ。新無神論者はそんなことには答えられないと考える。

我々が新無神論者は正しく、本物の誠実な科学者は無神論者以外の何者でもあり得ないと認めると考えてみて欲しい。もしそれが真実なら、科学そのものを教えることは憲法違反である。アメリカの公立学校で無神論を推進するのは宗教を推進するのと同じくらい違法だ。しかしアメリカの法廷はこれまで科学が宗教を否定するかどうか判断するよう求められてこなかった。実際、学校で進化や科学が教えられることの擁護者はその問題を避けるためにどんなことでもした。コインが軽蔑する「調停主義者」は、進化とキリスト教、科学と宗教に互換性があると言うためにあらゆる裁判に引き出された。IDが宗教教義であろうと無かろうと、無神論がそうであろうと無かろうと、もしジェリー・コインやPZやドーキンスや残りのその他が正しいと決定されたら、科学教育はアメリカの公立学校で憲法違反となるだろう。彼らは、要するに、自分自身をぶちこわした。

空想の世界に入り込んだと思うのはこう言うときだ。誰が進化を教えることが意図的に無神論を教える事だと考えるのか?PZマイヤーズとリチャード・ドーキンスを含め、そんな人にはあったことがない(実は二人にあったことがある。ブラウンとその友達マイケル・ルースだ。ルースはかつて私の研究が違法の無神論の推進を含むので、補助金を政府に返すよう書いた。)

実際には、それが素晴らしい問題で、世界のたくさんを説明し、たまたま真実であるから進化を教える。そして、たしかに進化を教えることは宗教を批判的に検証することを勧め、宗教信仰の拒絶に繋がることがあるかも知れない。しかし地質学、物理学、天文学を教えることだってそうだ。実際、おおかたの教育は信仰の拒絶に繋がる(統計はより教育を受けた人ほど宗教的でなくなることを示している)。物理学、天文学を教えること、人々が高等教育を受けることを、それが無神論を推進することになるからと言って我々は心配すべきなのか?法廷がそれに気付くかも知れないといつもビクビクしていなければならないのか?

確かにアメリカの法廷はバカかも知れない。しかしグズな最高裁でさえミスターブラウンよりも合理的だ。ブラウンが本当に言っていることは、いかなる種類の合理的な基準を推奨することさえも、あるいはどんな信念でも証拠が要求だという考えを推奨することも懸念しなければならないと言うことだ。彼は人々の口の中に無神論を突っ込むことと、考えることを教える事(それは付加的に、信仰を損なう影響を与えるかも知れないが)の区別に気付いていないようだ。

間違いなく、ルースとブラウンの両人は無神論をけなすためにどんなレトリカルな戦術でも用いるつもりのようだ。前回のルース/ブラウン組へのポストの最後で言った様に、ヤケクソの気配がある。彼らは科学者・無神論者の真剣な議論に参加するよりも、我々の”無作法な”トーン、そして想定上の、我々の無神論と進化の同一視が導く恐ろしい不測の事態について語る。

私はこれを繰り返す。ブラウンは理解できるはずだ。進化を教えることは、無神論を推奨することではない。科学的事実を推奨しているのだ。そして、どんな科学的事実の推奨でも信仰を壊すような付加的な影響を持つかも知れない。これは不可避だ。科学の流儀-合理性、証拠への依存-は、信仰の流儀-盲信と神のお告げへの依存-と徹底して、両立することなく対立する。どうしようもない。

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