無神論者の間で戦争勃発

遺伝学者ジェリー・コインのブログWhy evolution is trueの記事より
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タイトル:無神論は創造論の原因か?

時々私は進化に賛成する調停主義者が進化論者を創造論者より大きな敵と見なすことがあると思う。これは今週初めに私にとって明らかとなった。哲学者マイケル・ルースから不愉快なメールを受け取った。彼はふたつの点で私を非難していた。
1.私は哲学者ではないので哲学、宗教、神学について意見を述べる資格を持っていない。
2.私の反宗教活動は進化生物学を推進する大義に不都合だ。

宗教は本当に創造論の根本だ。それは私たちが信仰を握る手をゆるめるまで消えない。ルースのメールから二つの文を引用してみよう。「しかし実際には我々は科学の子供たちの魂のためにアメリカで戦闘中だ。私には誰がよりダメージを受けるのか分からない。あなたやあなたの仲間、あるいは[インテリジェント・デザインの指導者]フィリップジョンソンやその仲間。私には本当に。」

これには笑わせられた。ルースは[インテリジェント・デザイン運動を主導する]ディスカバリー財団のお気に入りの哲学者だ。ID[インテリジェント・デザイン]信者のために一働きしてくれると常に宛てにできるし、彼はこういう。「はいはい、あなたは本当に誤解されてます。私には分かります。トラブルをでっち上げているのは汚い無神論者です」。ルースはIDのプリマドンナ、ウィリアム・デムスキーと本を編集しディスカバリー財団のウェブサイトに投稿した。幸いにも、ほとんどの哲学者と進化学者はルースのことをまじめに受け取っていないが。彼は奇妙なほど信者たちを甘やかしている。彼の本『ダーウィニアンはクリスチャンであり得るか?』でイエスが銀河系内のあらゆる惑星で進化した生命に救済のメッセージを届けるという考えを広めようとした。

ルースはさらにトラブルを引き起こすのが好きだ。最近のインチキはガーディアン紙のオンライン版で[サイエンスライターの]アンドリュー・ブラウンとの記事のコラボだ。(ガーディアンはこの3日で三つの宗教支持、反無神論の記事を掲載した。彼らと何があったんだ?)[ウェブサイトへの]投稿はその尊大さと愚かさにおいて全く信じがたい程だ。ルースはケンタッキー州の創造論博物館を訪問したと報告している。彼はそこで神の啓示を待った。彼はその時、誤解された創造論者が本当はどんなものかを突然理解した。我々、汚い好戦的な無神論者は創造論者の立場になって、彼らがどこから来るのかを理解しようとしない。ブラウンによればルースはメールでこういった:

展示を見ているとき、…私は全てが正しいというクーン的なひらめきをえました。それは単なるひらめきだったが(フロイト派が真実だったとか、共和党が全てにおいて正しいというような)、この展示やパラダイムが人々にとってどのくらいの意味があるかを感じるのは面白い体験だった。

彼の結論は?

これを間違いだとして退けるのは愚かなことです。糞を食べる事は良いことだというのは[それもまた]間違っている。けれど普通ひとは、多くの人が創造論を信じる事を望まないので、反対側にいる我々もアイディアのためだけでなくて心理学のためにも気持ちを理解する必要がある。

[It is silly just to dismiss this stuff as false – that eating turds is good for you is [also] false but generally people don’t want to [whereas] a lot of people believe Creationism so we on the other side need to get a feeling not just for the ideas but for the psychology too.]

マジか?ルース自身、ケネス・ミラーやその他の有神論か有神論に親和的な科学者と、創造論が間違っていると示すためにドーバー裁判や初期の創造論裁判に協力しなかったか?それ[創造論批判]は我々が裁判で勝利するための方法ではなかったのか?多分、ルースの不満は、我々が科学者と同様に腰掛けの心理学者でなければならないということなのだろう。深く人の気持ちが分かるルースが習得したらしい、何かの心理学の。ブラウンも一致する。

それは、私が思うに、新無神論者、あるいは好戦的な無神論者とルースのようなダーウィニアン--無神論だが反宗教的でない--の重要な違いの一つだ。新無神論者は本能的に、創造論者の心理と考えを感じなければならないという考えに尻込みする。彼らにとって重要な点は、信者はバカで狂っていて間違っていると言うことだ。それならなぜ、小さくてあなたよりねじくれた心にこだわって自分の人生を浪費しようとするのか?

ああ、私はブラウンとルースの見解に反論して時間を無駄にしたくはない。というのもPZマイヤーズがPharyngula上で華麗に言ってのけているからだ。これはPZの古典とも言うべき投稿だ。彼の憤りが極致に達した後、雄弁にこう結んでいる。

私は[創造論者に]共感する。というのも彼らは偏狭な青銅器時代の神権政治のイカサマに目を奪われて、現実のスゴさに全く気付いていないからだ。しかし全く共感できない人々もいる。壮大なウソのモニュメントや、反科学、反合理的、究極的には反人間的な団体、子供たちが積極的に教育の機会を奪われている場所、不変の知的な悪に熱心な宮殿を守ろうとする知的な人々、ひどい無神論者が何もかもを壊していると不平を言おうとする人々に全く共感できない。そんな人間は消え去れ

最後は少し強いが、私はPZと不満、怒りを共有する。読者の反応、特にブラウン/ルースへの反応を見てほしい。ブラウンのウケが良くなかったと言えば十分だろう。ブラウンの最後の部分の論理がねじってあると指摘させてほしい。

しかし常に宗教は不合理だ、愚かだ、残虐だ、無知だと「新無神論者が」認定し続けるのは二重に自滅的だ。それは誰かを説得して宗教から手を引かせることにならない。むしろいくらかの全く奇妙な自己欺瞞を推進する。全ての人間の悪い特徴が宗教的なものだったら、私は宗教的ではないから、きっと私は信者の悪い点を全く持たないだろう。私はこれが時々無神論のスタイルの魅力を説明すると思う。

おいおい、一体誰が人間性の悪い面の全てが宗教的なものだとか、無神論者には悪いところがないなんて言ったんだ?それは単なる目くらましだ。それはルースとブラウンが、神と認識論的な信仰の主張のどちらにも十分な証拠が欠如していることに直面するのを拒否していることの反映だ。ルースとブラウンが無神論の実質的な議論に取り組まないことに私はかなりうんざりしている。そうする代わりに彼らは我々のトーンを繰り返し批判する。これはやぶれかぶれから生まれる戦術だ。動物行動学の研究者が転位行動と呼ぶ物だ-例えばその時、怒ったカモメは葉を攻撃する。

ルースのような人は哲学者ダニエル・デネットが言う「信仰への信仰」-教義が間違っていても、社会のためによいので進められなければならないという考え-にさいなまれている。私にはこれがひどく見下したものだと言うことが分かる。我々は多数の無神論者がいるヨーロッパの状況から、宗教を必要とせず、幸せで充実していて道徳的な人生を送っている人がいることを知っている。

更新:
EvolutionBlog でジェイソン・ローゼンハウスが創造論者に取り入ったルース自身の汚い経歴を記している。私はルースがIDの大物ウィリアム・デムスキーと公開トークをしていた事を忘れていたし、ルースがデムスキーの本で「科学への価値ある貢献をした」と表現されていたことを知らなかった。科学へ、だって??

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